やかな人】



「う・・・ぁ〜〜〜〜〜〜」

香藤が綺麗に磨かれた一枚板のカウンターに突っ伏している。
突っ伏しているというか、だれている。
昔あったな、こういうの。だらんとしたパンダみたいなの。

「へい、お通しとビール」

カウンター越しに、店の主人が貝ときゅうりの酢の物の小鉢と冷やしてあるグラスを置いた。

「香藤さん、疲れてるみたいですね〜」

グラスにビールを注ごうとした主人に、自分で、と片手を上げた。

ん、とグラスにビールを注いで香藤の前に置く。

「・・・・ん」

むくりと起き上がって、グラスを掴むと喉を鳴らせて一気飲みした。
うぃ〜〜っと風呂に入るおっさんのような唸り声をあげて、またまただれてしまった。


まあ、しょうがない。今現在、香藤は疲れている。ものすごく疲れている。
実際、家には1週間帰って来ていない。当然、仕事だ。
時代劇の映画。しかも戦国もの。クランクインまではウキウキと台本を読んだりしていたが、いざ始まるとかなりのキツさ。
香藤は毎日15キロ以上の衣装を纏っては、ひたすら走り、立ち回りの繰り返し。
身体的にかなりの重労働なのだが、今回は人間関係もキツい。

やたらとちょっかいをかけて人を怒らせてくる顎ひげメガネもそうだったが(思い出したら腹が立ってきた)そもそも人と仲良く、
なんて毛の先ほど考えてないわが道を行っちゃってる奴なんてごまんといる。
ましてやこんな職業だ。実力が伴ってプライドがスカイタワーよりも高く、足元なんかまったく見ない者や、
思ったことはすぐに言わなければ気がすまない、やっぱり言わなければ伝わらない、と自分の持論を貫きとおし直球の球をぶんぶん投げまわす者などなど。

香藤には悪いが、台本と企画書を見せてもらった時のそのスタッフリストに正直、頬がひくついた。

俺も香藤もこの世界では中堅と言われる部類にはいるんだろう。
重鎮、大ベテランなどには、まだまだ若造と言われるし、わらわらと増えていく(平成生れです!岩城さん、お父さんとそんなに年変わらなーいv
とよく言われるようになった)若手には妙に懐かれていくし。

まあ、香藤の場合、そこいら辺は俺より器用にこなせるんだけどな。
めんどくさい、と思えばさっさと間に見えない塀を作ってしまえる。俺も俺なりに塀は造るのだが、いまいち脆い。
あっちでひび割れたり、こっちでピュ〜と漏れてたり。香藤に言わせると、そこが岩城さんの可愛いところだから、らしいが全然、素直に喜べない。

だが、重い甲冑でひいひいと大立ち回りをしても、まだまだ脱ぐことも出来なくて、その上、気不味〜い空気が流れていたりで纏う甲冑が余計に重く感じたりで。
いろいろと疲れることが多い。

まあ、そういうのもひっくるめて、好きでやってる仕事だ。



おまかせで、と主人に頼んでいた料理が並び始めた。
香藤の肩をゆすって起こし、割り箸を渡す。んと香藤がもそもそと食べ始めた。

「あ〜〜〜美味しい〜、出来たての料理って久しぶり〜」

カウンター越しから、主人が、どうも!と言った。

「美味いか?」
「うん!」

最初は少しだるそうに箸を運んでいた香藤だったが、料理の美味さに箸運びも早くなってきた。

「今日はこの後、どの位撮り残ってるんだ?」
「う〜〜〜んとね、俺の出番は3カットくらい?でも待ちが10以上かな?」
「泊まりだな」
「完璧、泊まりだよね

どよん、と空気を重くした香藤がほぐしていた金目鯛の煮つけの皿に手を伸ばして、骨をとってやって、また香藤に戻した。

ありがと、と香藤が嬉しそうにして、これでご飯食べよ、と主人にご飯を頼んだ。






『着替え持ってきて』

なかなか帰ってこない香藤からのメール。
ほほう、これはかなり疲れてるな。
普段なら着替えの運搬はお互いマネージャーに頼む。なので“○○に取りに行くから着替えを用意しておいてと頼む。
だが、持ってきてと頼むのは裏を返せば顔を見せろとなる。つまり疲れてるから顔見て補給させろとの要求。
若いころは、溜まりすぎると香藤が、ぼんっとなって突っ走りそのままボディアタックをよくくらった。(横断歩道で抱きつかれたりとかとか)

ちょっとした甘え。
時と場合が許すなら、少しだけ我儘を言う。
それがお互いの領域に踏み込む形になっても逆にそれが嬉しい。
それこそ若いころはギリギリとラインを強く引いていたが、それだけ年を重ねたせいだろうか。要領を得たんだろうな、お互いに。

『二時間ほど香藤に休憩もらってもいいかな?』努めて穏やかな声色で金子さんにお願いする。
わかりました』受話器の向こうで金子さんの顔が引きつってるのがわかる。
岩城京介というカードをたまには自分のために切ってもいいだろう。

夜、撮影所に顔を出すとちょうど香藤がシャワーを浴び終わっていた。
頭にタオルを巻きつけて、最近気にいってる着流し姿。
足元はビーサンなんだが

「あ!岩城さん!」
ペタペタとサンダルの音をさせて、笑顔で駆けよってきた。
金子さんから聞いたよ、俺の行動が嬉しいらしい。ありがと、とふんわりとソープの匂いを纏わせてそっと俺の首に腕を巻きつけてきた。

時間がないから、と撮影所の近くの馴染みの居酒屋へ行った。そして今に至る。



ッつ」
ご飯を掻きこんでいた香藤が、小さなうめき声を上げて身を捩った。
どうした?と箸を戻して覗きこんだ。
ああ、これ、と香藤が脇の下を擦った、どうやら甲冑で脇の下の所を擦っているらしい。
ちょうどあばら(肋骨)に当たるんだよ、と、もぞもぞとする。結構、ピリピリとするらしかった。

「どら
袂の裾に指を引っ掛けて覗きこむ。ああ、これは痛いな。
「何か貼らないのか?」と聞けば、ばんそこうをシャワーの時取ってしまったらしい。
っと擦ったところを指先でなぞる。びくっと香藤の身体が揺らいだ。


あ、やばい、スイッチ入った。


指を引っ込めて、香藤の顔を覗き込む。
カウンターの上にあった香藤の手に引っ込めた指を軽く触れさせた。
つっと指先で香藤の指の股をなぞる。顔には笑顔を張り付けたまま。

・・・・・・香藤が目を見開いて、物言いたげにため息を吐く。

「なんで今かな〜〜〜〜」
がっくりと項垂れて、もそもそと呟く。
「なんの事だ?」
顔は香藤にむけたまま、指先は小さく香藤の手のひらを遊ぶ。
「それって最近のマイブーム?なんかさ、いきなり来るよね?それを楽しんでない?や、確かにね、俺もいきなり来るけどさ。なんか余裕こいちゃってるよね?
さらっと来ちゃってるけどそれが何か?って感じだよね?」
周りが聞いても意味不明な事をブツブツ言っている。
俺には良くわかってるが。



早々に食事を済ませ、香藤に引きずられるように楽屋に連れ込まれた。
畳敷きの場所に押し倒され、首に顔を埋めるように耳を舐ぶられる。そのまま舌を這わせるように頬から口を舌が割って入ってきた。
ひとしきりお互いの咥内を堪能すると、はあ、とため息をついて香藤が、全部したい、と言ってきた。

「時間的に無理だろ」
と耳元で囁くと、いじわる、と返ってきた。
すりすりと熱を持ってきた香藤が俺の腰へと擦りつける。
時間と香藤が携帯を手繰り寄せようとしたら、香藤さん、時間ですよ。とドアをノックする音と同時に金子さんの声がした。

「はぁぁぁ〜〜〜〜〜〜」
廊下をペタペタと歩く香藤がとんでもなく長い溜息をついた。
どうしたんですか?と金子さんが心配そうにした。
「疲れてるんですね」
と、思わず笑顔全開で答えてしまい、金子さんが不思議そうな顔をした。


帰り際に香藤が、玄関で押し倒しちゃいそう、と言ってきたので、迎えの車で押し倒してやる、と答えた。

 

 

 

 

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