【オーバー・ート】


 

「蒸してきたな
額ににじみ出た汗を、岩城はシャツの肩口で拭いた。

「そだね。雨がやめば窓開けられるんだけどね」
ゆらゆらと揺れる、キャンドルの光を見つめながら香藤が呟いた。




久しぶりに自宅でゆっくりと夕食がとれるはずだった8月のある日の夜。
日も沈み、外には街灯がつき始め、その光に寄る羽虫が飛びかいはじめた頃。
その夜は記録的な熱帯夜になると、ニュースが言っていた。

ポツポツと降りはじめた雨が、瞬く間に雷鳴をおび豪雨になった。

ドンッッッッ!!!!

地響きと共に轟音が鳴り響き、窓がビリビリと振動した。
と、同時に家の明かりが消えた。
エアコンのモーター音も、聞くだけだったテレビの音も消え、暗闇と雨音だけが響く。
まだ暗さになれない目を細めながら、岩城はキッチンの奥にいるはずの香藤に声をかけた。

「近くに落ちたな雷」
「うん。停電だね。ガスもだめみたい」

がちゃん、と香藤が持っていたはずのフライパンの音が聞こえた。
もう!せっかく上手く出来てたのに!!拗ねる香藤に手を伸ばしながら、
「後で作り直そうな? とりあえず、あるもので食べてしまおう?」
香藤の肩をぽんぽんと叩く岩城に、
「じゃあさ、おにぎり作って?岩城さん」
くすくすと笑いながら岩城は、わかった、と頷いた。


食事も終えて、香藤がどこからかキャンドルを持ってきた。
懐中電灯よりロマンチックでしょ?と、キャンドルに火を付けると、甘いような香りが漂った。どうもアロマキャンドルのようだった。



停電から小一時間。
エアコンの効果もなくなって、徐々に室温が上昇していく。
雨のせいで湿度も上がっていった。

二人は何をするわけでもなく、たまにぽつぽつと会話するだけで、まるで何もしない時間を楽しんでいるようだった。

PPPP・・・・。
アラームの音が鳴った。
「あれ?なんかセットしてた?」
床に寝そべっていた香藤が、ソファに座っている岩城に覆いかぶさるように、ソファを探った。
ふわり、と香藤の匂いが岩城の鼻孔をくすぐる。
いつものヘアワックスと微かな煙草の匂い。そして常より強い汗の匂い。
岩城が嗅ぎなれている、香藤の体臭。
だが、強く香る汗の匂いが、情事を思い起こさせる。
気付かれないように、少し大きく息を吸い込む。
表情を変えずに、身体も揺らさず。

「あった、ケータイ」
携帯電話を開きながら、ふと香藤は岩城を見た。
キャンドルの、ほの赤い光に瞳が揺らめく。
「・・・・・・」
手元にあった携帯電話をまたソファに放り投げて、岩城の顔を覗き込む。
「・・・・・・」
顔を覗きこまれても岩城は無言だった。
「・・・・岩城さん・・」
ぺろり、と香藤は岩城の目元を舐め上げた。
岩城は視線をそらせたが、何も言わず、動かなかった。
その様子を見て香藤がくすくすと笑い、
「ほしい?」と聞いた。
何が、とは言わず。
「ほしかったら、岩城さんからキスして?」
じろり、と岩城が香藤を睨み、顔を寄せ舌先で香藤の唇を舐めあげ、そのまま香藤の下唇を自分の唇で挟み込み、ちゅるり、と吸い上げた。





「は・・・ぁ・・んっ・・っかとっ・・・っ」
岩城がソファの上で自ら、広げた両足を抱えている。
ずり下がった尻は、ソファから飛び出し、空に浮いてゆらゆらと揺れている。
「は・・・はなして・・・っ」
揺れる岩城の脚の間に、香藤は胡坐をかいて陣取り、
その右手は岩城の欲芯を根元から締め上げていた。
隠しようのない広げられた岩城の入口に指をさしこみ、執拗に前立腺を刺激しながら、香藤の舌は岩城の双珠を、ねろり、ねろりと弄んでいた。

内への強すぎる刺激と、舐ぶられる快感。
そして湧きあがってくる欲望をせき止められる苦痛。
このどうしようもない感覚から逃げるには簡単な事。
自分の脚を離せばいいのだが、岩城にはそれが出来なかった。


とん。
岩城の手が汗で滑って、膝裏から外れ、脚が香藤の肩に当たった。
香藤が岩城の身体から口を離した。
せき止めていた指の力を、緩めて今度は優しく扱きはじめる。

「はぁはぁ
呼吸を荒くしている岩城の顎から、ぽたり、ぽたりと汗が落ちる。
落ちた汗がそのまま、胸を伝い脇腹へと流れていく。
身体にはいくつもの汗の筋が出来ていた。

岩城の感じる場所から手を離した香藤が、太腿から汗ですべる指を遊ばせながら、
徐々に上へ、上へと上がっていく。
腰骨から脇腹へ。
脇腹から、つん、と尖る乳首の先へ。
まるで極上のジェルを堪能するように、香藤の指は岩城の身体を踊った。

強い刺激から、ゆるりとした快感に少し焦れてきたのか、岩城が香藤の手を捕まえて自分の一番感じる場所へと導く。
くすくすと香藤が笑って、
「岩城さんってば、えっち」
岩城は香藤の肩に乗っていた脚を、そのまま下へと落とし、香藤の雄々しく上を向く欲芯を脚の指でなぞった。
舌先を出して、唇をねろりと舐める。
キャンドルの明かりは、陰影を濃くしながら、ゆらゆらと揺れる。
潤みきった瞳が、明かりを反映して一層揺れている。
岩城は無意識に全身で香藤と誘っていた。

「もう!岩城さんってば!」
煽られた香藤は早急に立ち上がると、岩城の足首を掴み、そのままソファの背もたれに押しつけた。
息も出来ないくらいに、二つ折りにされた岩城が唸った。
それを聞こうともせず、目の前にぱっくりと開く岩城の入口に、自身を一気に埋め込んだ。

「は・・・・ぁっ・・・・んっあっ」
浅くしか呼吸が出来ない岩城が、息苦しさにソファの角を握りしめて首を左右に大きく降った。
「はぁっ!はぁっ!はぁ・・・・」
そんな岩城を見ても、律動が止められない香藤。

部屋の熱気と、身体の熱さが、脳を麻痺させる。

「と・・・とまってっ・・・く・・・・かとっ」
その声に辛うじて片足だけ手を外した。
その拍子に岩城が身体をねじりソファに横たわった。
それでも香藤は止まらない。岩城の片足を抱え上げ狂ったように突き上げる。


「ひぃっ・・・・ひぁ・・・っ・・・あぁっ・・・」

「やっばっ・・・・・っ・・止まんないっ・・・」

「かとっ・・・・ああぁッ・・・・あっんっ・・っ」


リビングの隅にある温度計が、カチリ、とメモリを上げていった。






ブゥ・・・・ンッ
漸く、部屋の明かりが戻り、エアコンがモーター音を上げて冷気を送っている。
その涼やかな風を、香藤はリビングの真ん中で素っ裸で受けていた。
「きもちいい〜〜〜v天国」

ね?岩城さん、と、ソファに突っ伏している岩城に声をかけた。
「・・・・・・」
岩城は香藤にそっぽを向いたまま動かない。

「岩城さん?」
不思議に思った香藤が岩城に近寄った。
振り返った岩城は思いっきりしかめっ面だった。
「どしたの?」
「・・・・気持ち悪い・・・」

「えええ〜〜〜?!ど〜して?」
「・・・・たぶん、脱水(症状)起こした
「・・・・嘘ぅ!?」



あたふたと濡れタオルを持ってきたり、水を持ってきたり、
せっせと岩城の身体を拭いたり、
テンぱった香藤がずっとマッパだったとか。
病院に連れて行こうとして、岩城が理由を言わなくちゃいけないから
絶対嫌だ!とだだ捏ねしたとか。
それ以降、夏バテに突入し、香藤にすっぽんを食べさせられまくったとか。


この苦い体験が、二人の笑い話になるのは、まだ先のお話。


教訓。
暑い日に、激しい運動をしちゃいけません!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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