【酔っぱらったが勝ち】



From:岩城さん
Sub:
お疲れ様

お疲れ様です。
申し訳ないけど、今夜香藤が
飲み過ぎるようだったら、面
倒をみてやってくれるかな?
迎えには行けると思うから連
絡ください。
岩城


って、あなたどこの新婚さん?という軽く50メートルはドン引きのメールを岩城さんからもらったのはかれこれ2時間前。
あいかわらずの過保護っぷり。
しかも普段は、割り切った大人のつきあい、なーんて雰囲気をお互いが振りまき撒くっている。そこんとこが俳優だ。
それを俺にも振りまいてほしい、とつくづく思うのだがこの夫婦は俺には何の遠慮も恥じらいも必要ないらしい。
まあ、そんなものがあったら俺の目の前で一戦やるわけない。

それだけ信用されている、と考えれば人として、嬉しいと言えば嬉しい。


・・・・・ですが、岩城さん。
申し訳ございません。お宅の香藤君は現在、はじけ飛んでいます。
一応、止めました。ですが、岩城さんが心配したように今日の酒飲みメンバーはハンパないです。香藤君は俺に
「後はよろしく!」と、爽やかな笑顔を向けて酔っ払いのジャングルへと突進していきました。

俺はため息をひとつついてメールの送信ボタンを押した。

To:
岩城さん
Sub:
小野塚です。
お疲れ様です。
香藤が酔っ払ってしまったの
で(ベロベロです)迎えをお
願いできますか?


――――
10分後に岩城さんから迷惑かけてごめんね。今から迎えに行くからと、電話があった。




「こんばんは」
爽やかオーラを纏って岩城さんが戸口の隙間から顔を覗かせた。
「小野塚君、申し訳ないね」
俺を見つけると、すすっと畳に膝を滑らせて謝りながら寄ってきた。
「いえ、俺こそ迎えに来てもらっちゃって申し訳ありません。仕事は大丈夫ですか?」
「うん、ちょうど終わって家に向かってる途中でメールもらったから、丁度良かったよ」

香藤はと、部屋の中を岩城さんがぐるりと見渡した。
香藤はなぜか自分でシャツをまくりあげて「ちくび〜〜〜!!」とやっていた。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・あちゃ」
ああ岩城さんの眉間に皺がよった。よりによってそれはないだろう。香藤
頬が引きつる俺に、くるりと岩城さんが振り向いて
「ほんと、申し訳ないね。はは
と、微笑んではいるが目が全然笑ってない。

腰を低くしたまま岩城さんが香藤の席へと近寄っていく。周りのメンバーも岩城さんが来ていることに気付きだした。
普段なら普通に挨拶を交わしていくのだか、ここにいる連中は香藤を含め酔っ払いだ。全然、普段通りじゃない。
香藤の横にいた宮坂が岩城さんを見つけて、いきなり抱きついた。
「岩城さ〜〜〜〜んっ!あいたかった〜〜〜〜」
「ちょっ、ちょっとっ!!!」
押し倒されてもがく岩城さんに、一足遅れて香藤が気付いた。
「ちょっ!なに、いわきさんにだきついてんだよ!!!」
抱きついてる宮坂を引っぺがして後ろへ放り投げた。
「いわきさん、だいじょうぶぅ?」
香藤が岩城さんを守るように自分の脚の間に岩城さんの身体を挟み込んだ。
背後から岩城さんの肩を抱きこんで睨みをきかす香藤はまさに、愛しい伴侶を守る旦那そのもので、なるほど様になっていた。
・・・・・上半身、裸じゃなかったら。

「てンめっ!なぁに、いわきしゃんにさわってんだよ!みやしゃかのくせに!」
「あんだよ!くせにってぇ!?おまえのほうこそ、ちくびにかさぶたつけてるくせに、なーにがいわきさんだよ!おそれおおいんだよ!」
「なにをーー!!おれのちくびがわるいってのかぁ〜!」
「あーーっそーだ!ぜんぶわるい!」

もはや、意味不明だ。
確か、話の流れだと香藤が久しぶりに波乗りをして、上半身裸でやって乳首がボードに擦れて皮がむけたとかなんとか言ってたけど
言えることは完全に二人は酔っ払って正体をなくしてる。

ぶっとんだ二人に挟まれてもがいてる岩城さんは、お気の毒というか、残念というか、こっちも多少は酒に呑まれていれば、
腹を抱えて笑っているんだが、あいにく意識は悲しいくらいにしっかりしている。どんなに酒を飲んでも意識を手放せない自分の性格がちょっとうらめしくなった。

「こら!香藤!いいかげんにしろ!」
しびれを切らした岩城さんが香藤の腕の中から這い出ようとした。
「いわきしゃ〜〜〜ん、おれのちくびが〜〜〜!」
香藤がもがく岩城さんの後ろかが覆いかぶさるように寄りかかった。
「痛っ!香藤、重い!」
四つん這いになって逃げ出そうとした岩城さんの腰を香藤ががっちりと掴んだ。ぺちゃりと崩れた岩城さんの尻に香藤が顔を埋めた。
「こ、こらッ!香藤!」
「いわきしゃんのおしりおいしそうv」
・・・・・・香藤が岩城さんの尻にいただきますと言った。



あっ



噛んじゃった。




―――――――――――っ!!!!」
岩城さんが声にならない叫び声を上げて、そのまま香藤を蹴りあげた。
しかし、香藤は、んがっ、と鼻を鳴らして、そのまま寝てしまった。

「いわきしゃ〜〜ん、そのおしり〜〜〜
と、また宮坂が抱きつこうとしたが、岩城さんに張り手をくらって撃沈した(あの時でさえ宮坂を殴んなかったのに





「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・あの岩城さん?」
「・・・・・小野塚君」
「はぃッ」
「申し訳ないけど、香藤を車に運ぶから手伝ってくれる?」
「は、はい」
悪いね、と、岩城さんがポケットから車のキーを俺に差し出した。てっきり香藤を俺と二人で運ぶのかと思っていたのでキーを渡されて一瞬、首を傾げた。
突っ立っている俺をよそに岩城さんは香藤の肩を担ぐと、自分の肩を香藤の腹に当てて、勢いよく立ちあがった。いわゆる俵担ぎ(たわらかつぎ)だ。
その光景には周りの酔っ払い達も息をのんだ。
ずんずんと部屋を横切り、戸口で香藤を担いだままくるりと振り返り、岩城さんが、お疲れ様、と爽やかに言った。(その間、香藤は戸口に頭を3度ほどぶつけていた)


後部座席に香藤を放り込み、足りなかったら後で言って、と岩城さんが数枚折った紙幣を渡してきた。
わかりました、と受け取り、恐る恐る岩城さんに、
「あの噛まれたところ大丈夫ですか?」
大丈夫だよ」
にっこりと笑って答えた岩城さんの目は全然笑っていなかった。


去りゆく車を見送りつつ、ああ、目が覚めた香藤は、事の顛末をきっと聞いてくるだろう。
どこまで焦らしてやろうか?
にやける顔のまま、残っている酔っ払いどもの始末をするために店に戻って行った。

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