てない香藤君】




「出たぞ、香藤」
先に入った風呂から出てきて、香藤に入るように促した。
「・・・・う〜〜ん」

空返事で香藤はテレビを見つめていた。
テレビの画面がプツっと切り替わり普通の番組になった。
何かDVDでも見ていたのかな?
そう思いガラステーブルを見ると、
『矢野 巧 ニューシングル プロモCM』
と、書かれたケースが置いてあった。

『ああ…、これを見てたのか』

フルバージョンがほしい!と強請られて、清水さんに手配してもらったDVD。
帰ってきた時、渡したっけ。


香藤がリモコンを操作して、最初から見始めた。
髪を拭きながら隣に座って、気付かれないように香藤の横顔を見つめる。
確実に不機嫌だ。

いつもの“岩城さん!こんな顔、皆に見せちゃダメ!”ってのは少しか?
この顔は俳優・香藤洋二の顔だ。
「いい出来だろ?」
少し得意げに声をかける。
香藤は顔をこちらに向けずに、ぎろりと瞳だけ動かした。

おーお、眉間にも皺を寄せて、これは悔しがってるな。ふふん。

「…うん、すごくいい…」
そう言うと、くっそ!と言いながら抱えていたクッションを放り投げた。


出来あがったCMは至ってシンプル。
サビの曲が流れていて、壁に寄り掛かっている俺を少しずつ全身から顔へとズームする。
俯いている顔を上げて、一筋、涙を落とす。
何かを言うが、声には出ていなくて口だけが微かに動く。そして曲名などのテロップ。

観る者が見れば、このCMは余計な演出がない。と判るはず。
俳優の演技だけ。
出来の良さは俳優の力量で決まってくる、と言っても過言ではなく、それがCMプロデューサーを務めたデュークの狙いだった。
PVには二人で出演したから、CMも二人で、と案も出たが、デュークが、
『こんな絵柄(えずら)の強い二人が一緒にCM出たんじゃ、歌がぼけるわよ!
 あくまで歌が主役なのよ!?
それでなくても、歌ってるのは絵柄の弱いおっさんなんだから!』
最後のセリフで矢野が落ち込んだのは言うまでもない。


で、一人だけ選ばれたのが俺。
そこでまたもデュークが香藤本人に
『香藤君もいいけど、今回は演技がものを言うからねv』
と、ストライクな爆弾を香藤の頭に落としていった。

これだけ香藤が不機嫌になるんだ。
俺の俳優としての名誉は守られたわけだ。



だけどな…。
「香藤?」
「ん?」
またDVDをリピートし始めた香藤に声をかける。
テレビ画面を指さして、
「この口だけ動かしてる時、俺が何て言ってると思う?」
「??」
「・・・」
そっと、香藤の耳元で囁く。

「〜〜〜〜/////!!」
耳まで真っ赤にした香藤が立ち上がり、俺を抱え上げた。
「もう!岩城さんってば!!」
「お、おい!風呂は!?」
「後で!」
隔して俺は、脱兎のごとく香藤に寝室へと連れて行かれた。





岩城がCMの中で声に出さずに囁いた言葉。

   “・・・・・ようじ…”

 

 

 

 

 

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