【ナルシストと、うそつき】
「でね、こーしたいんだけど、どう?」
「そうですね…大丈夫ですよ」
何やら先ほどから、ぼそぼそと二人で話している。
当の主役の俺は蚊帳の外だ。
俺・・・・・シンガーソングライターの矢野 巧。
結構、世間では名は知れている。
今日は新しいシングルのプロモーションCMを作りに来ている。
今回のCMはこのシングルのPVに出てくれた岩城君が、こちらにも出てくれる形のもの。
撮ってくれるのはPVも担当してくれたデューク。
その二人が先ほどから、CMの絵コンテを見ながら、ひそひそ・ぼそぼそ。
俺もまざりたーい、とは思っているんだけど、あんまり二人が真面目に話しているから、いまいち切欠がつかめない。
岩城君ならともかく、あのデュークが真面目にしているから、よけいに怖い。
「で、片方から出せる?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「岩城くんはどっち側が得意?」
「…左…ですね…」
「じゃ、ライトは左側ね」
「どこまで、出しますか?」
「そーねー、多少CGは使うけど、出来たらちゃんと粒、落としたいわね〜〜」
「わかりました」
???さっきから、会話が意味不明。
コンテだと壁に寄り掛かった岩城君がうつむいてて、ゆっくりと顔をあげるんだけど…。
「さ〜〜〜〜あ! チャキチャキはじめるわよぅ!」
デュークが気合を入れて、スタッフが動き出す。
岩城君がセットに入りながら、大きく深呼吸してそのまま天井を仰いでいる。
そのままがっくりとうなだれて、セットの立ち位置の壁に寄り掛かった。
「岩城くん、いい?」
デュークが覗う。
岩城君は顔を上げず、そのまま軽く手を挙げた。
ようぃ! すたっ!
カンッと音がして、俺の歌が流れだす。
しばらく、じっと俯いていた岩城君が、ゆっくりと、ゆっくりと顔を上げていく。
顔を正面まで上げきって、それまで閉じていた目をゆっくりと開けていく。
そして・・・・・・・
左目から、一粒の涙が流れ落ちた・・・・・。
「!!!!!!」
思わず声を出しそうになって、慌てて口を押さえた。
「カット!」
その声を聞くなり、興奮してデュークのそばへ駆け寄った。
「ねえ、ねえ!何?!あれ?!」
モニターをチェックし始めたデュークがめんどくさそうに振り向いた。
「何、って何が!?」
「岩城君、なにもないのに片側から涙が出たよ!」
「ああ!?あたりまえじゃない! 彼ってば俳優よ!」
「役者ってそれが出来るって聞いてたけど、初めて見たからびっくりしたよ!」
「そんなもん、役者だったら自由自在よ。だから役者の涙なんか信じちゃだめよ?」
私もそれで何度、騙された事か…、デュークがあらかさまに溜息をつく。
「ひどいな、それじゃ役者が皆、うそつきみたいじゃないですか?」
岩城君がくすくす笑いながら、歩いてきた。
「そーよー、役者はうそつき、歌手はナルシスト、皆そうなんだから!」
デュークがひらひらと手をふる。
・・・・ナルシスト・・・ひどい言われようだ。
でも、つい先ほど泣いていた岩城君が楽しそうに笑っていると、今後は岩城君が泣いていても信じないようにしようとは思った。
そんな、俺の考えを見抜いたのか、岩城君がくすりと微笑んだ。
その、妖艶すぎる笑顔。
・・・・・・・・・・・・・・しばらく、笑顔も信じるのをやめようと思った、あの日の出来事。