【ノット・チェンジ・ブ】





「もちろん、この話、受けてくれるよね?香藤君?」
悪びれもせず、爽やかに正面にいる香藤に話しかける男。
ラブソングの帝王ともいわれ、デビューしてから20年間、歌う曲すべてがヒットチャートの上位を維持し続けている・・・、

――――
ミュージシャン、矢野 功(やの たくみ)

 にこにこと笑みを絶やさない矢野と相対して香藤は苦虫をつぶしたような顔をしている。
「う~~~~っ」
「そんな顔して、せっかくのイイ男が台無しだよ?」
まあ、これでも飲んで気持ちを楽にしようよ、と、香藤が手を付けずにいて、すっかりぬるくなったコーヒーを進めた。
それには手を付けずに、ずっとうなっていた香藤がやっと口を開いた。
「もちろん、俺だって矢野さんとお仕事、一緒にしたいですよ?」
「じゃ、何も問題ないじゃんv」
「でも、これってあんまりじゃないですか?」
「そう?面白いと思うけど?」
「これが面白いですか?」
はあっ、っと、香藤が思いっきり大きなため息をついた。

「そうだよ、現実じゃ絶対ありえない、ってことでしょ?」
「もちろんです!」
「香藤君は俳優だよね?」
「そうですよ」
「じゃ、絶対ありえないってものを演じるのが俳優の仕事じゃん?」

いち、香藤洋二ファンとしては見てみたいな~?
ますます、にこにこと矢野は微笑む。

そして、なかなか、首を縦に振らない香藤にとどめを刺す。
「岩城君ね、受けてくれるって」
特上のにっこりで、最終兵器。

「え?」
「だから、岩城君、受けてくれるって」
「うそですよね?」
「ううん、よろしくお願いしますって」
「えええ~~~~~~っ?!」





「ただいま」
声を出しながら、岩城が玄関のドアを開けた。
そこには、仁王立ちの香藤。
「・・・・何してるんだ?香藤?」
少しも動じず岩城が、見るからに不機嫌な香藤に声をかける。

「・・・岩城さんってば、あの仕事受けるんだ」
「あの仕事?」
「矢野さんの仕事!」
「ああ、受けるぞ、何か問題でも?」

信じらんない!と、きーきーと言いながら、岩城の後ろをついて回る香藤にのんびりと岩城は答えた。そして、
「まさか、お前は受けないって言うのか?」
帰ってきてから、初めて岩城は香藤の顔を正面から見た。
「う、受けるよ! 返事したよ!」
「じゃ、問題ないな」
にっこりと、微笑む岩城。
香藤の頬が、ますます膨らんだ。






矢野が、約1年半ぶりにシングルをリリースする。
音楽活動20周年を記念して、矢野自身かなりの時間をかけて満足のいく曲が出来た。
もちろん、作詞作曲すべてを手掛けていた。
そして矢野は、頑張った自分にご褒美、と、ある構想を打ち上げた。
この曲のPV(プロモーションビデオ)を曲に合わせてのショートなものではなく、一つの映像として作りたい!
それも、それなりにストーリーのある短編ドラマだ。
そして、そのドラマの主人公に白羽の矢を立てたのが、岩城京介、香藤洋二の二人。
そこまでだったら、香藤も二つ返事で出演を快諾するだろう。
しかし、今回の新曲は別れがテーマなのである。
曲の内容としては、

――――
ずっと一緒にいよう、と誓い合った二人が、やがて一人の心変わりで別れてしまう。
残された、もう一人は悲しさに苦しみながらも、愛していたことを決して後悔せず、生きていこう。と、決心する――――

さらに追い打ちをかけるように、矢野が提案した配役は、恋人を振る方が香藤。
振られる方が岩城、なのである。


もともと、二人の演技を高く買っている矢野は、自分の打ちたてた構想を実現へと導くべく、虎視眈々と動いた。
まずは双方の事務所への出演の打診。
これは難なく、程よい返事がもらえたが、二人はそろいもそろって事務所の看板俳優である。
出演の決定権は事務所ではなく、本人にある。

そこで内容を聞いて、一番渋るであろう香藤に、矢野本人が直談判に来たのだ。
矢野本人が香藤にPVの出演を依頼したい、とだけ聞かされていた香藤は、何度か一緒に仕事をしていて、
相性の良い矢野と一緒に仕事ができると喜んでいた。

最初には、にこにこと挨拶をしていた香藤が、話を聞くうちにひきつった顔になり、怒ったり、むくれたり、ビックリしたり、
諦めたり、と矢野は香藤の百面相を存分に堪能して、出演の承諾を受け取り、嬉々として帰って行った。






残った香藤は、何の相談もせずに出演を承諾した岩城に八つ当たりするくらいしか出来なかった。
「なんで、一言も相談なしなのさ?!」
もはや、子供のダダこねレベルである。
岩城は、微笑んだまま
「仕事の出演になんで、お前の承諾がいるんだ?」
笑ってはいるが、語尾はきつい。
だって、二人が一緒に出演するんだよ!?」
「・・・・ふーん、そのセリフを今までのお前に聞かせてやりたいな」
げっ、と香藤の顎が下がった。
そうなのだ、今まで香藤が岩城に共演の了承を取ったことは、ほとんど皆無だ。


「それに、面白いじゃないか?お前に振られるなんて」
そんなの、全然面白くない!と下を向いてムクれてしまった香藤の肩を掴み、耳元で囁く。
それが現実だったら、お前がどんなに嫌がろうが、俺はお前を手放さないがな…”
ふぅっと耳に息を吹き込む。
真っ赤になった香藤が叫ぶ。
「もう!岩城さん! どこでそんな殺し文句覚えたの!?」
お前から、と、岩城は笑いながらリビングを出て行った。





多忙を極める二人である。
無理を言ってねじりこんだスケジュールは決して余裕のあるものではない。
二人の時間が会う時に決められるものは、決めてしまおう、と、PVのスタッフは戦々恐々としている。
まずは人物設定。
岩城は、恋人A(名前なし)職業はフリーのインテリアデザイナー。
年齢は30歳前後。
スタイルとしては、ビンテージジーンズとプリントの入っているシャツをメインに。
前髪を降ろして、トップを遊ばせる感じに決まった。
香藤は、恋人B(名前なし)職業は建築デザイナー(こちらは会社をもっている描写あり)
年齢は30歳後半。
スタイルは、少しカジュアルなスーツ、ノーネクタイもしくはVネックのTシャツ。
前髪を少し残し、トップから後ろへ結わえる形になった。

どうせやるなら、うんと遊び心を出そう、との、矢野の提案だった。

スタイリストの出す服を合わせながら、香藤もだんだん面白くなってきた。
なにより、岩城より年上の役だ。
考えてもいなかった設定にワクワクしてくる。
次第に、にやけてくる香藤を隣で見ながら、岩城も存分に楽しもう、と思っていた。


今回のドラマを撮るのは、今、一番の気鋭と言われている映像クリエイター、デューク・溝口。
主に活躍の場はCMが多い。
その奇抜かつ斬新で、完璧なクオリティーの映像は、それが世間に発表されるたびに話題を呼ぶ。
また最近はPVも手掛けており、一流と言われるミュージシャンのお呼びも多い。

これも矢野の提案だった。
どうせやるなら最高のものを!と、すべてにおいて矢野は妥協する気はなかった。



「さあ!みんな!ガンガン行くわよ~~~!! この限られた3日間でこのいちゃいちゃカップルをぶっちぎりに別れさせるわよ~~~~っ!」
おーっとスタッフから歓声が湧く。
ちなみにデュークのキャラクターは、あの佐和の3倍は濃いものだった。
支度をすませて、スタジオに入ってきた二人は、いきなりの自分たちの破局宣言に苦笑した。
「まいったな
岩城がくすくすと笑い、
「なーに言っちゃってんの!?デュークさん! 返り討ちにあって、淋しくなっちゃうかもよ~~?」
香藤が笑いながら反撃する。
「き~~~~っ!笑ってられるのも今のうちよ!」
デュークの返しに、どっと笑いが出た。
場のテンションがいい具合に上がってきて撮影が始まった。



シーン5、
シンプルな室内で、ソファーの前で岩城が床に座り込んでいる。
片膝を立て、両腕をクロスして膝の上にのせ、その上に顎をのせている。
表情は、泣き出しそうな、淋しそうな。
そこへ、ドアを開ける音。
香藤が室内に入り、岩城がどこへ行っていたんだ?と、顔を上げる。
それを無視して、奥の室内に入っていく香藤。
クローゼットの前で着替える香藤、追いかけるようにドアの前に立った岩城。
無言で着替える香藤の胸と背中には、明らかなキスマーク。
、と、か細く声を出す岩城。
握りしめる手のアップ。

一通り、通しでカメラを回してみて、モニターでデューク、岩城、香藤でチェックしていた。
「うーん、もうちょっと岩城くん、さびしそーに出来る?」
「はい、わかりました」
「おいてかれた、わんこみたくね! でも思わず、ぎゅーってしたくなる可愛さは残しておいてね!」
「はい、あんまり得意じゃないけど頑張ります」
くすくすと岩城が笑った。
でも、あんまり可愛くされちゃうと、抱きしめちゃいたくなっちゃうな~」
ぼそり、と香藤が言う。
「なっ!」
とたんに岩城の顔が赤くなる。
そうなのよね~、と、デュークも頷く。
それとね、香藤君、と、赤くなってる岩城を置いてさっさと話を進める。
「キスマーク、ちょっと目立たなくない?」
「そうですか?」
「なんか、虫さされっぽいわよ?」
だって~、岩城さん、わざとらしく香藤が言った。
「うっ!」
ますます岩城の顔が赤くなる。
このキスマーク、スタンバイの前に岩城が付けたものだった。


その夜、ベッドで香藤が
「撮影のテンポ、すっごく早いよね」
「ああ、そうだな
火照った顔を醒ますように、岩城が髪を掻きあげた。
「思いっきり、デュークさんにのせられてるって感じで
「CMが専門みたいな人だから、勢いが肝心なんだろ

でもさ、と、香藤が岩城の上にそっと身体を乗せた。
やさしく岩城の髪を梳くと、
「撮影はとっても楽しいけど、やっぱりこの仕事はやだな
と、呟いた。
「どうしてだ?」
髪を梳く気持ちよさに、うっとりと眼を瞑りながら岩城が聞く。
「だってさ、その時どんなに好きで、この先を誓い合っても、人の気持ちって時間が経てば変わっていくでしょ?
 それが、いい方向に行けばなによりなんだけどね、やっぱりそれってわからないでしょ?」
そうだな
「俺は岩城さんと離れる、って考えた事はないけど、この先なにがあるのかはわからないし
「不安になるのか?」
「少しね、
別れるってまでは考えないけど、どうしようもない事があったらヤダなとか
「まあ、たまにはそういう事もあるさ」
岩城は自分の脚の間にある香藤の身体に、するりと脚を絡ませた。
「とりあえず
今は何も考えるな、と、香藤の耳を舐ぶりながら囁き、自分の股間のものと香藤のものをゆるゆるとすり合わせた。
当然、香藤のものは力を増す。
「岩城さん
香藤の声色が熱をはらむ。
腰をずらし、ゆっくりと岩城の中に入った。
ぁっ ふ、不安になったら、俺がうけとめてやるから
「岩城さん!」
感極まった香藤が、荒い律動を始めた。
「はっああっ…んんっ」


弱気になった香藤が、可愛くなって思わず甘やかしたくなった岩城は、この後の香藤の暴走にさんざん啼かされた。



この後の撮影も、二人の仲の良かった時の回想シーンで、デュークがこの時だけは思いっきりいちゃいちゃいてもいい、と、
香藤を煽って、途中で止めるはずのキスをそのまましてしまって岩城に怒られたり、仕事のシーンでクライアントに有無を言わせない
香藤の演技に、岩城が思わず照れてしまい、それを見た香藤の顔が緩んでNGになってしまったり、と、順調に楽しく進んだ。



そして、このドラマの一番の見せ場。
二人が罵倒しあうシーンである。
「さあ、思いっきりやるわよ~~~っ!」
デュークがスタッフたちに気合を入れた。



シーン45。
あまりの香藤の態度に、とうとう岩城がキレて、手元にあったグラスの酒(中身はウーロン茶)をかける。
かけられた香藤はそのまま岩城の顔を平手で叩く。

演技としては一瞬で終わるものだが、映像としてはこれをスローモーションとCGを付け加えて流すことになっていた。
まずは岩城が香藤に酒をかけるシーン。
飛び散る水飛沫が上手くいかなくて、のべ10回以上、香藤は岩城に酒をかけられ続けた。
「うえ~~~~っ、俺ってば、なんかウーロン茶臭い
濡れては着替えての繰り返しで、さすがに香藤もうんざりしていた。
すまないな、香藤」
岩城がすまなそうに香藤の濡れた髪を拭いた。
「しょーがないよ、相手はお茶だし」
もう、これって運まかせかも~、と、グチる香藤に、デュークが
「いいのが撮れたわよ~~」
と、モニターの横から顔を出して言った。
「やった~~~」
思わず、両手を上げて喜ぶ香藤に、どっと周りが笑い声を上げた。

次は平手のシーン。
これは何がなんでも一発ですませたい。香藤にも緊張が走る。
「思いっきり来いよ」
立ち位置に立った岩城が、すうっと香藤を睨んだ。
ごくり、と、息をのみ香藤の顔が変わった。
少しの嫌悪感をはらむ、だが無表情に近い顔。
酒をかけた岩城を見たと同時に、腕が上がり、ひゅっと音を立てて勢いよく岩城の頬を打った。
カット!の声と同時に、香藤は岩城に駆け寄り、大丈夫?と頬を撫でた。
ああ、大丈夫だよ、と、岩城は答え、それを聞くと香藤はデュークの顔を見つめる。
その、おあずけを待っているわんこのような顔に、デュークが、
「あーん、もっといぢめたーい! けど、OK!!」
それにも、香藤は両手を上げて喜んでいた。そしてやはり笑われていた。


撮影も終盤に近付いてきた。
病院のドアらしき所から出てきた香藤が、悔しそうに壁を叩く。
仕事に没頭する岩城が、打ち合わせの会話のなかで少しだけ笑顔を見せる。
ベッドに横たわる香藤に看護婦が声をかける。香藤の目は開かなかった。
そして、二人で作っていた家の模型を、岩城が微笑みながら手でなぞる。

もともと、セリフもストーリーの細かな説明も少ないドラマだった。
流れるような映像で、各々が想像を膨らませてもらうコンセプトだった。


それぞれのシーンも撮り終わり、デュークが、
「終わりよ~~~~!! みんな、さいっこ~~~!!」
スタジオに大きな拍手が沸いた。



一ヶ月後、矢野のニューシングルがリリースされた。
初回予約限定のドラマPV付きプレミア版CDBOXは、初回販売としては歴代1位の売り上げを叩きだした。



「この数字は、あの二人のおかげと言っても過言ではないですね、もちろん俺の歌もいいんですけど(笑)」
テレビで、矢野が二人のことを絶賛しているのを、二人で見ていた。


やっぱり、反響大きいねー
「ああ、そうだな」
「会う人に言われるんだよ。良かったって」
「そうか?」
「でもさ、なんか別れて良かったって言われてるみたいでヤダ」
「ははは・・」
岩城は自分の膝に寝転がる香藤の耳元で囁く。
「だから、言ってるだろ? 俺はお前を手放さないって
特上の悩殺ボイス。

「だから、そんな殺し文句言わないでよ! 心臓止まっちゃうじゃん!」
耳まで真っ赤にして香藤が叫ぶ。
「別れる、とか考えたら、何度でも止めてやるさ」
とびっきり妖艶に岩城が微笑む。
「ひ~~~~~っ もう言わないから!」
ははは、岩城の笑い声が庭先のテラスにまで響いた。




おわり。

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